「へえ,ルート来てたんだ」
うわあこの生物なんて顔。
フランシスは思ったけれども,わざわざそれを口にすることはしなかった。なんといってもエルマーは嫉妬深い。そんなことは見ていれば分かる。むしろなぜギルベルトはその辺が理解できないのだろうと思うのだけれども,初めから自分を両刀だと理解しているフランシスのような存在は,今のところこの社会には少ないのだったとふと思い出した。
部室はたまに誰かが持ち込んでふっと吐きだしたタバコのにおいで充満していて,その中心には大学の部室どこにでもあるような雀卓がある。三人麻雀は少しやりづらいが,アーサーが早々に実家に帰ってしまって暇な自分には居場所もないので仕方がない。
エルマーとギルベルトの地元は地方の新幹線に乗ればものの一時間ほどらしいので,本当に大晦日に昼間の特急バスに乗って帰るのだそうだ。よくここにいるアントーニョは昨日の夜行で帰ってしまった。フランシスは帰ろうにも事情に難があるので,今年もあの下宿で年を越すことになりそうだ。
(っても,年が明けたらどうしようかな)
自分の思考はさておいて。
目の前のエルマーが不機嫌そうに牌を捨てる。その声にすこしだけびくりとふるえるギルベルトの動きは小動物じみてかわいい。かわいいとは思うがどうもアーサーのような面倒なのに嵌ったあとだと物足りない。
ちなみに自分にとっては単なる後輩に当たるのに平気でタメ語を使ってくるエルマーも大概かわいいと思うのだが,その辺を指摘するといろいろとギルベルトの機嫌が悪くなるのもかわいい。自分の身の上をさておいても,エルマーは守ってやりたい存在なのだろうか。
さっさとくっつけばいいのに。
口には出さずに牌を捨てる。
「飲み会の前に帰した」
「ふーん」
確かにギルベルトの弟のルートヴィッヒというやつは若干ならぬ弟バカで,地元からわざわざこちらの大学を志すのもどうしようもないこの兄を更生させるのが目標ではないかと疑ってしまう。そうすれば自分のペースにギルベルトを持ち込みたいエルマーとしては都合が悪いのだろう。その調子でエルマーとルートヴィッヒは昔から微妙な関係らしい。
ギルベルトが牌を捨てる。
「あっれドラ切るの」
「うっせドラとかつかえねーよ」
「じゃあ貰うね,ロン」
フランシスがじゃり,と音を立てて手持ちの牌を倒すと,ギルベルトがげっと顔を見せた。そのいつもつけているクロスのチョーカーの下の何かは何ですか,なんて聞いたらどんな顔をするのだろう。
顔がゆるんだのを,エルマーが察したのか,ギルベルトがフランシスの牌を眺めて溜息をついているその視線の上を笑顔で睨め付けられた。その両方の要素を含むことができる顔はやはりかわいいけれども,要らないことを言って巻き込まれるのはごめんだからウインクで返しておく。
次の局に入り,少しだけ沈黙が続いた。
単に配牌について悩むだけの沈黙だが。
「ルート,こっち出てこれそうなの?」
「とりあえず地元では受けないらしいからな,現役なら春から同居だ」
「ふーん」
何食わぬ会話の裏で,エルマーの機嫌がどんどん降下していくのが見える。
そういえば彼は姉と暮らしながらも,酔ったギルベルトの介抱だとか言ってその部屋に上がり込む回数が多いのだ,とか思えば,確かにそのシチュエーションはエルマーに不利だと言うことは分かる。気の毒に思って,配牌に悩んでいる振りをして唸った。
「今更誰かと暮らすとかめんどくさくね?」
「お前アーサーん家に住み着いてるじゃねーか」
「だってアーサーをしあわせにしてやりたいもん」
うわあ,と二人の声がハモる。
「その方がいろいろとやることもやりやすいし」
引くわ,と二人の声がハモる。
「ギルだって何か出来たときに,連れ込みにくくなるぜ」
ないわ,と二人の声がハモる。
そのエルマーの声は自分がいる限り誰かを連れ込むなんて事はあり得ないという自信に満ちていて,そしてギルベルトはフランシスに乗せられるままに,少しばかり一人暮らしが崩れる可能性を悪いものと捉えたらしい。
そんなことに気づかせただけで,笑顔をサービスしてくれるエルマーはやはりかわいい。
「でも学校とかでやれば良くない?」
「エルマーったら大胆」
おもむろに代替案をひねり出したエルマーが見たいのはあきらかにそれを聞いて赤くなるギルベルトのリアクションなのだ。分かっているから,敢えて煽るようなことを言っておけば,やはりギルベルトがテメェらほんと卑猥だな! とか良いながら耳まで真っ赤にしていた。
唾付きでなければときめくかもしれないかわいさだ。
(ああでも俺はアーサーがいるから良いんだけどね)
このかわいいエルマーが惚れ込み続けるのが分かるくらいに,ギルベルトがかわいいことは理解できる。
かわいいし,今日は年末で金もないし,点一だから良いよね,と。
「あ,ギルベルト,またロンな」
「テメェいい加減にしろ!」
動揺しているギルベルトからしっかりともぎ取っても,今度はエルマーは笑顔のままだった。