友人が恋をする過程を見るのも楽しいものだと、つい最近知った。
 マスターに淹れて貰ったカプチーノを二つ運びながら、対面に座る青年の姿を見遣る。自分よりも背の高く、どちらかと言えばがっしりとした体付きの男が、いつもの平静さなど見る影もなく俯いていた。険しい顔でテーブルの板目を数えていたってどうしようもないのだが、やはりこんな姿も楽しい内に入るので黙っておく。
「ベール、同じで良かった?」
「……すまねえない」
「気にしないで」
 そもそも今日俺バイト休みだし、と付け足して、顔の真下にカップを置く。ふわりと立つ湯気と香ばしい香気でカプチーノの存在に気付いたらしい、あんがと、と言ってベールヴァルドはぎこちない所作でもってコーヒーを口に運んだ。はあ、と漏れる息は、美味そうに飲んだ割には重く沈んでいる。
「また色々考えてるんでしょ」
 何を、誰を、とは言わなかった。むぐ、と唇がへの字にねじれる。
「んなごた……」
「うわ言えないような事考えてるんだ。エロい」
 カプチーノを含もうとしていたベールヴァルドが大いに噎せた。理知的な薄いブルーの瞳が詰まった呼吸のせいで潤んでいる。それがもっと紫がかってればな、とエルマーは頬杖して思った。誰かさんの事を思い出して目元にキスでも送ってあげたかもしれない。
 ……ないか。ないな。気持ち悪い事を考えた。
「告白しろって言ってるだろ。今時……花を贈るなんて、古風にも程がある」
「こ……」
 いい年して告白なんて言葉くらいで詰まらないで欲しい。
 客のいない時間帯で助かった。この時間に彼を呼び寄せたのは自分の方だが、こんな大男が小振りのテーブルに掛けてしょんぼりしている姿は奇異に違いないのだから仕方ない。
 相談に乗って欲しいのだが、なんて言われた時から、こんな姿くらい予想が付いていたのだ。
「好きだなんて、言えね」
「言えよ。意気地なし」
「んなごと………みっだぐね」
 言葉に訛りがあるせいだろうか、弱気な発言が二割増くらいになってエルマーの耳に届いた。全くこの彼ときたら、毎日図書館へ通って花を贈る度胸はある癖にその想いを直接的に伝えるのは格好が悪いと言いたいらしい。花を贈るなんて珍しすぎる行動を取っているのだから、その真意なんて本人は兎も角周囲にはモロバレだろう。それなのに何を今更格好悪いとかみっともないとか、そんな言葉が出てくる事が信じられない。
「見た目の割に可愛い事するよね、ベール」
「放っどいてくんなんしょ……」
 ああ、また項垂れた。
 ふと振り返ると、思っている事は同じらしい、マスターがやれやれと言いたげに肩を竦めた。自分も同じ事を思っていると同じ動作を返す事で伝えて、エルマーはベールヴァルドの方へ向き直った。
 カプチーノを飲む肩のラインが、らしくもなく丸まっている。キャラじゃないだろ、と密かに嘆息すると、視線に気付いたベールヴァルドがちらりと顔を上げた。そんな顔をするなとでも言いたげな表情だった。
 そう言いたいのはこっちの方で、ついでに言えば彼に上目遣いで顔色を窺われたって嬉しくない。
 これが「彼」なら話は別だ。ともすれば冷たくも見える顔立ちを弱々しく崩して、きっと彼は「お前って訳分かんねえ」とか、やはり弱々しく掠れた声で呟くのだ。――ああ、俺の可愛いギルベルト。なかなか落ちてくれないけど。
 きっとベールヴァルドだってそうだろう。まあ彼よりも自分の上目遣いの方がうんと可愛らしく絵になるのは分かっているが、それだってきっと心は動かない筈だ。無骨で無口な彼の心臓を鷲掴みに出来る人間なんて、あの図書館の「乙女」くらいなもので。
「……あんま躊躇ってると、ティノに言っちゃうからね。俺」
「おめ、」
 焦りと動揺を表情に乗せながらベールヴァルドががばりと顔を上げる。分かり易すぎるリアクションに嘘だよ、と歌うようにうそぶいて、エルマーは花みたいに笑った。
「あながち嘘じゃないかもしれないけど、暫くは様子見ててあげる」
「……暫ぐ」
「本当の本当に見てられなくなったら分かんないけどって事」
 ずん、と暗い顔(何を考えてそんな顔になったのかは追求しない事にした)になったベールヴァルドを尻目にカプチーノを飲み干してしまうと、エルマーは音を立てないように椅子から立ち上がった。ん、と視線で疑問符を投げかけてくるベールヴァルドににこりと笑って、言ってやる。
「ベールはもうちょっとここでうじうじ悩んでなよ。俺はギルにちょっかいかけてくる」
 この時間、大抵ギルベルトは学食で次の授業まで空いてしまった時間をだらだらと過ごしているのだ。運が悪くなければ会えるだろう。甘ったるい相談なんて聞いてしまったせいか、あの無駄に自信の詰まった馬鹿馬鹿しくも愛おしい、強気な笑顔が見たくなったのだ。
 言い、鞄を持ち上げたところでベールヴァルドがじっとエルマーを見た。目をかち合わせながら小さな沈黙を前置きに、開かれた口は少し意外な質問を放った。
「……おめは」
「ん?」
「おめは、言わねえの」
 誰に、何を、とは聞かなかった。分かりきった質問だ。
「もうちょっと。もっと外堀埋めて、俺がどうしようもないくらいギルの事好きって気付いたギルが動揺しまくった時に、とびっきり甘い声で言ってやるの。好きって」
「……おめはおめで、十分ややこしっど」
 そうかもしれない。
 だが、自分とギルベルトの場合、それくらいがちょうどいいのだ。思い続けてからもう何年も経っているのだ、今更待つ時間が少し増えるくらい構った事ではない。
「俺も花、贈ろうかな」
「ん?」
「嘘だよ」
 花ならば、贈るよりも贈られたい。照れて悪態をつきながら美しい花を突き出す彼が見たい。
 そうだ、会ったら自分を花にたとえるとするならば何だと聞いてみようか。花の種類なんて分からない、語彙力も貧困な彼が、必死に頭をひねって出すその花の名が知りたい。
「……そんな風に笑うんだな。おめも」
 どんな顔をしていたのだろう、ベールヴァルドがぽつりとそう言うのに、エルマーは静かに微笑んだ。

 鮮やかな花ならばいい。大人しい花でも、彼が名を覚えている程度には好んでいる花であるなら、何でも。
 そうしてエルマーは、彼が自分へ落ちてくれたらその花を贈ってやろうと密かに心に決めたのであった。

花の名

***

恋に悩むベーさん可愛い超可愛いってテキストだった筈が、エルマー出した途端にエルギル臭プンプンになってしまいました。エルマー怖い。
「あのこう、色がこうで花びらがこうなってて…」とか言いながら花の話をするギルは可愛いと思います。こんなんでもきっちり左側なエルマーは素敵だと思います。そんな感じ。