12月22日月曜日,昼休み。
 授業不足により,補講期間なのに通常講義。

「だるいねぇ」
「あー」
 中文科の情報処理の講義を終えて,エルマーはギルベルトを見てぽつりと呟いた。ギルベルトもそれに同意を示すようにあまりまともではない声を出す。それもそのはずで,そもそもこの二人はこの授業を取る必要はない。二人は史学科なのだから,中文科にまで足を伸ばす必要はないはずなのだが,それを殊更する理由は一つ,ギルベルトは少しでも楽勝の講義科目を取って,単位数を稼ぎたいからだ。
 それでも学生自身が出席しなければ単位が取れるはずがないので,エルマーに文字通り叱咤されて,ギルベルトはこの休日出勤(と本人は言っているが,くれぐれも確認すると通常講義なので休日もクソもない)をなんとか達成した。逆に言えば,ここまで面倒を見て貰えば彼でもさすがに単位が取れるということだ。
 授業が終わって,午後の講義は休講だ。これで本当に今年の授業は終わった。
「ギル,昼は」
「バイト代入る直前で金がねぇ。帰ってもやしでも食う」
 気の毒になる。
「賄い出してもらう? 暇なら働いて行きなよ」
 エルマーは喫茶店でバイトをしているので,労働と引き替えに頼み込めばサンドイッチくらいは恵んでもらえるだろう。そういうことをしてくれるのがこの街の良い所だ。しかし,ギルベルトは首を横に振った。
「お前んトコの親父さん,フランシスんトコの親父さんと仲悪いだろ。今日はそっちに行くって約束してあるんだ」
 ああ,確かに。
 昔ながらの頑固なマスターが経営する喫茶店と,道を挟んだ向かい側にある昔ながらの頑固な店長が経営する定食屋とは,どうも仲が悪い。昔は相当苛烈なこともしていたらしいが,近頃は学生同士にまで文句を言うほどのことはしない。だが,確かに一日で両方ともに顔を出すのは,若干好ましくはないだろう。
 それにしても,ふーん,と思う。
「フランシスには助けてもらうわけだ」
 最近こういうみっともないことを言う回数が増えてしまった。
 自分が焦っているらしい,とは自覚する。
 ギルベルトは明らかにそれを聞いて一度固まったが,しかし,何か開き直ったように笑った。
「俺が金ねーのは,お前のためなんだからな!」
「はぁ?」
「日頃の礼だ歳暮だ受け取りやがれ!」
 突然訳の分からないことを口走ったかと思うと,彼の脳みそと同様に,ほとんど空っぽに違いないと勝手にエルマーが思っていた鞄のなかから,ギルベルトは紙袋を出して押しつけてきた。よくわからないけれども自分に宛てられたものなのだろう。礼に歳暮にと言っているが,おそらくプレゼント包装ということか,クリスマス仕様のリボンつきのシールが貼られてある。
「お前には散々単位で世話になってるからな,たまには先輩らしいこともしてやろうと思って」
 開き直った不遜な態度は,彼がよく後輩,つまりエルマーの同輩に見せるものだ。
 エルマーはごそごそと紙袋を開ける。
 白い,モヘアのマフラーを見て,真っ先に思ったことはこれ明らかに女物だ,ということだった。意図を確かめるように彼を見やると,不遜な態度をまたしまいこんでしゅるしゅると小さくなりながら,お前見た目は柔らかいから,似合うと思って,とか言っている。
 ああもうだからエルマーの見た目のことに触れることが出来るなんて,彼しか居ないのに。
「ありがとう,うれしいよ」
 言いながら,巻いてみると,ギルベルトがきょとんとした顔で見るから可笑しい。
「どうしたの? 似合わない」
「いや似合いすぎて俺様のセンスに感動している」
「それは俺が何着ても似合うからだよ,ギルのおかげじゃないよ」
 茶化せばギルベルトはそれに乗るように,なんだこのヤロウとか4年生に相応しくない馬鹿丸出しの声でがなった。
 そのリアクションで良かった。
 うっかりそのまま見とれられようものならば,教室の中で自分が何をしでかすか分からなかったので。

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 12月24日水曜日,ほぼ日付変更線。
 男ばかりのゼミ忘年会,二次会へ移動中。

 男同士が肩を組んずほぐれつ時々溝に直行しながら,拳を振り上げ学生街の夜を闊歩していく。デート帰りの男女に汚いヤジを飛ばすゼミの仲間たちを見て,集団のうしろを歩きながらエルマーはだから史学科はもてないのだと再認識した。
 ちなみにわざとうしろを歩いているのは,割とふらふらしているギルベルトが後ろの方を一人はぐれそうになっているからである。
 全くかっ攫われたいのだろうか。
 いや攫った所でたぶんだれも気づかないような。
 そんな浮かれた街と浮かれた夜。こんな学生街の商店街にも,イルミネーションが瞬く。
(そんじゃそれもありかな)
「ギル」
 また後ろで蒼白な顔をしているギルベルトが,のろのろ歩いて追いついてくるのを待つ。そうこうしているあいだにも集団は先に行ってしまう。やっぱりわざとはぐれてもいいだろうか。
 白いダウンジャケットのポケットに,手をつっこみながら考える。
「全くそんなに強くないのに飲んじゃうんだから」
「しょーがねーだろー男には飲まなきゃなんねーときがあるんだよ」
 確かにありますよ。あるけど畜生誘ってるんだろうか。
 エルマーは普段は絶対に口にしないようなスラングを口の中で吐き捨てる。
 もとの色素が薄い作りのギルベルトの目元は良い感じに赤い。
 熱が疼くのか胸元を少し開けているのが目を誘う。
 何よりも解せないのがギルベルトはそこまでべろんべろんに酔っているわけではない。
(ああ,俺も飲んでるからな)
 少々何をしても許される,と自分一人納得して。
 エルマーはギルベルトが自分に追いつくのを待って,それから集団に追いつく気もなさそうに自分の目の前で立ち止まった彼を,そこらの塀にぐっと押しつけた。
「なにしやがる」
 酔っていて危機意識がないのか,あるいはそれ以外の思惑か。
 緊迫感を欠いたその声は敢えて無視して,ダウンジャケットのポケットから手早く取り出したそれを,首の後ろに回す。
 ぱちん,と留め金の音。
「ああ,やっぱり合う」
 彼がいつもつけているクロスのチョーカーの下に,鍵のモチーフのチェーン。
 自己満足でも構わない。
 何もなくても,これで捉えた気になれるのだから。
「……何」
「メリークリスマス,捕まってくれるとうれしいな」
 まだしっかりとした目をしているギルベルトをのぞき込んで,吐き捨てて解放する。
 今更イベント一つで落とそうなんて虫が良い。
 だからただ追い詰めるだけ。
「さ,二次会,置いてかれるよ」
「……ああ」
 無反応をどう捕らえて良いか分からないのは,恐怖ではないと思いたい。
 前を向き直ったエルマーは,ギルベルトが胸元にぶら下がった小さな鍵を,ぎゅっと握りしめたことには気づかなかった。

キラキラナイトジャーニー後日談

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山崎のエルマーさんつまりハンガリー男さんのイメージ
・女の子みたいなイケメン
・似てる芸能人は→堀北マキとか敢えて言われちゃう
・自覚あり
・ギル以外には猫かぶる
・でも基本ドs
・姉さんと同居
・極度の姉バカ弟バカ

ギルが照れ照れなの,書いてて楽しかったです。