運命ごと撃ち抜く覚悟

息が上がって,そして心もうっすら決まっていた


「なぁ,もう無理かもしれん」
 不意を突かれたらしいロマーノが,細い首をのけぞらせて,押し殺せない声を零した。それでも,恍惚のせいで瞑っていた両目をなんとか片目だけ押し開けた彼は,快楽で歪む顔を隠さないで(というか隠すことに思い至らないのだろう)何が,と目で尋ねてきた。
 彼の未成熟な細いからだが,自分の手元から離れていくことをまだ信じられないとは思っていた。信じられないと思っていても,現状がそれを許さないのであれば,仕方がないとは思っていた。それこそ,彼を守るために失った多くのものに対して思っていた仕方がない,と同じ重さで,同じように,その加速度は胸をしめつけてはいた。
 スペインは自分がどんな顔をしているか,大体は想像できた。彼の中に居るのだから,硬い表情をしているはずがない。だって,こんなに居心地がいい。暖かく,そして自分を包んでくれるこのからだを開くまで,それこそ様々な出来事があった。
 そして,今の自分にはそれを守れない。
 ロマーノは何を考えたのか,彼に覆いかぶさるスペインの頬に手を添えた。その手は妙に冷えていて,ああ,裸で絡み合うにはこの夜は冷えすぎているのかもしれない,と思った。あるいは,自分のこの屋敷が,自分の体調と同じように冷え込んでいるか。
 もう,庇護しきれない日は遠くはない。
 何よりもロマーノ自身がそのことに気付いているし,そろそろ弟と暮らすことを考え始めているとしても,スペインはもうそれを止める気もなかったし,実際止めようと思ってもこの体力では止められないだろう。
 若いロマーノの体とは異なり,たとえば下世話な話,何度も交われば体が辛い。フランスが手放したあの恐ろしい男が,直接的に間接的に痛めつけた体も治りが遅い。
「どう,した」
「ロマーノのなか,良すぎていっちゃいそう」
 予め,下世話な回答は用意しておいた。そういって笑うと,ロマーノが頬に添えていた手を滑らせる。どうしたの,と目で尋ねると,つらそう,と呟かれた。
 守り抜けるのならば,と思っていた。
 だけれども,守ることが正しいのかさえ,わからない。
 たとえばフランスは今よりずっと若い頃に,もっと幼かったイギリスを手放した。イギリスが望んだことで,傍に居てほしいといくら彼が口にしなくても,回りの鈍いスペインにすらわかったことを,ただフランスとイギリスだけが分かっていなかった。そしてあの二人が遠のいたことを見ているスペインにとって,引き止められるならば引き止めたいというのはずっとあった。
 だけれども今,もうこの手は頼りにならない。
「ロマーノがおれば,つらくなんかあらへんよ」
 少なくともこれだけは嘘ではない。
 ロマーノが何かを察したように,だけれども何も判らないような顔をして,ばかやろ,と零した。
 お互い様だといいたかったけれども,ロマーノが何を考えているか分からないからいえなかった。ただ,手放して終わって,それで彼が幸せになるならばいいけれども,けれども,のあとを考えるとどうしようもなくて,やはりロマーノの顔を見られなくて,強引に抜き差しをする。ロマーノの少し見えた目の色がすぐに見えなくなって,そしてそれがひどく辛かった。

***

海賊にフルボッコされて,自分の行く末を分かったころと,少し自我の芽生え始めたリーマンと高校生くらいの頃です←元も子もない
タイトルは「悪魔とワルツを」より。
20081104