スウィート・フェイヴァー
そりゃまぁ,普段はいろいろ隠してたりやってするやろ,普通。
いつでもへらへらしてると思われるのは不本意やねぇ,あの子に関してまでそこまで穏やかではないよ。と。
フェリシアーノの悲鳴の正体は,女装してそれが似合っているアーサーやヴァルガス兄弟にはまぁ一人や二人は出るだろうと踏まれていた,少しばかり素行の宜しくない,大仰なカメラを持った男にロヴィーノが手首を捕まれたことによるものだった。対処しきれないと踏んだ段階で声を上げたようだ。さすがあの兄弟,逃げの速さは尋常ではないが,それにしても今回はそのフェリシアーノの反応に感謝しなくてはならないとアントーニョは思った。
背後でフランシスとアーサーが見事に逃げおおせる。
(何か奢ってもらわんと,なぁ)
それだけ考えると,目の前の問題を解決するべくアントーニョは力のいれどころを変える。
何と言ったって,赤いドレスを着たお姫様を助けるのだから。
「凶悪なナース」
問題の男をしばき倒してため息をつくと,後ろからにゅっと現れたエルマーがあきれたように呟いた。ロヴィーノは少し蒼白な顔をしてフェリシアーノに宥められている。さてそれは男に対する恐怖か,あるいはアントーニョの所業に対する恐怖か。気付かない振りをするのは得意だから,ロヴィーノはとりあえずフェリシアーノに任せておくことにする。
「そんな日もあってもええやん,先生」
エルマーはけして背が高くないけれども,白衣に黒いピンヒールと黒い網タイツで逆にリアルな倒錯的な雰囲気が醸し出されている。赤いセルの伊達めがねといい,まったくあの姉は弟を演出することに長けているし,あっさりこの弟も乗りすぎだと思う。
だって右手だけですっとめがねを上げる仕草が,素敵。
おそらく女医とそれに付き従うナースというものを想定しているであろうエリザベータに免じて,今日だけはエルマーを先生と呼んでいるアントーニョは,それはそれで楽しんでいるのでまぁ良い。アントーニョに加勢しようとしていたのに,彼が一人で喧嘩を終えてしまってすこし不貞腐れているのだろう。
「ごついナースと華奢な先生って,良いよね」
なんて言い出すものだから,少し遠くでギルベルトが思い切り噎せている。
「その場合,先生の立場はどうなんの?」
「花形」
似合いすぎてアントーニョが噴出す。ヴァルガス兄弟に少し笑顔が戻った。ああ,幸せだなぁと思う。ロヴィーノの笑顔だけでアントーニョは幸せ者になれるのだ。
「それにしても,お前のあんな顔はじめて見た」
「どんな顔?」
「ひと一人,食い千切るのかと思った」
エルマーは,線は細いけれども企みを隠さない笑顔で言う。その裏にはちょっとは楽しませろという指令が隠れている。そうはいうてもなぁ,とアントーニョは考える。
「まぁ,特別やからね」
何が特別か,なんて明言しない。
けれども,ややあってロヴィーノが顔を真っ赤にした。
エルマーはくだらなさそうにふーんと言った。彼にしてみれば他人の幸せなど心底どうでもいいのだろう。あ,でも,と思い出したように言った。
「喰ってみたいんだよね,俺も」
カワイイヒトがいるんだよね。
遠くでギルベルトが何かを察したように自分の体を両腕で抱きしめている。
けれども漸く我を取り戻したらしいロヴィーノが,アントーニョのところまでとことこやってきたかと思うと,
「れ,礼なんか言わないからな!」
だなんていきなり喚くから,あまりに可愛くてついつい抱きしめてしまった。
***
西ロマって学パロで甘やかすとすごいことになりますね。
20080926初出