シエスタの残影

今日は随分と忙しそうな背中を,ソファーからとりあえず眺めてみる


 最近のスペインはまるで偽者みたいに働き盛りで,その理由のどれほどを自分が担っているのかなんて知ったことではないけれども,まぁ一端なんてかわいいものではないはずなのは間違いない。だったら彼が自分を放り出すそぶりを見せるかなんていえばそんなはずもなくて,いつかこんな家出ていってやると思っている自分はそれを実行する気配もなくて,そうして自分達は相変わらず近いようで遠く,遠いようで近い。
 書き物をするデスクで書類とにらめあっているスペインの後姿を眺める。
 その背中は,小さくなったと思う。試しにオーストリアにそういってみたら,貴方が大きくなったのですよ,と目を細められた。その隣では弟が,兄ちゃん背が高くなった! などと無邪気にはしゃいでいた。きっとそれが客観的な真実なんだろう。でも自分はどうしてもそれを受け止められない。いつか越えてやろうと思っている背中に近付いていることを,まだ認めたくはない。
「ロマーノ,眠くないのん」
 振り返らずにスペインは声をかけてきた。本当は,振り返りたいのかもしれない。けれどもスペインは最近はけしてそうしない。ある種の後ろめたさは二人のあいだに共通して存在する。弾みで重ねた唇,勢いで重ねた体を言い訳するのに,少なくともスペインは年を取りすぎているし,自分は素直ではなさ過ぎる。だから,二人それを普段隠している。
「シエスタの時間やろ,俺もすぐ寝に行くから,先に寝とって」
 隠している後ろめたさは,一体どうしてこれ程胸を絞るのだろうか。スペインを押しつぶす仕事,自分の変わっていく姿,ありえるかもしれないギリギリのライン上の関係を,後ろめたさは土足で踏み破る。
 だから彼の背中を見ている感情を,ロマーノはけして口に出しはしない。
「ここで寝るから,ひと段落したら一緒にベッドに連れて行け」
「えぇロマーノ,ソファーで寝たら肩凝るやろ。先にベッド行っとき」
「いい。仕事終わるまで声かけるなよ」
 そういってスリッパを脱ぎ捨て,腰掛けていたソファーでそのまま横になる。そこにきてはじめてスペインは首だけ振り返った。
「ちょ,あとから肩もみなんかしたらへんで?」
「先に俺だけベッドにいくのは,気が引ける」
「ロマーノはやさしいなぁ」
 スペインがそう言う表情はわざと見なかった。きっと眩しい太陽のように目を見えなくなるほど細めて笑っているのだろう。
 それを見たらきっとまた自分はいらない感情を零す。

 それでも決まったシエスタの時間が来て横になったならば,弟はすぐに寝入るのだろうが,さすがにそこまで気の利かないわけではないロマーノはすぐに眠りに落ちることは出来なかった。もう子供ではないのだから,昼間も寝なければ辛いだなんてことは本当はないのだ。けれどもスペインが自分にそれを期待するから,ロマーノは後ろめたさを隠して芝居に付き合う。
 スペインがペンを置いて背伸びをする気配が伝わってきた。彼は無言で立ち上がる。起こされるかな,と思ったけれども,スペインはそこらへんに放ってあった彼の上着を手にとって,ソファーの傍らに座った。起きているのがわかってしまうのではないかと思うほど緊張しながら,それでも神経を研ぎ澄ませる。
(こういうときだけどうして惨めに期待するんだろう)
「ロマーノ,そのまま寝てたら風邪引くよ」
 スペインのアクセントは風邪という訛りにかかる。みっともないほどすがり付いて,抱きついて,噛み付いて,くちづけするのももどかしいほど抱きしめて欲しい。
 けれどもスペインはけしてそれをさせないだろう。いつかスペインはロマーノが巣立つと思っているから。ロマーノだっていつかそうするつもりだ。だけれどもそれはいつ,どうすればいい。スペインはただ,そのときに少しでもロマーノが未練を置いていかないように,ロマーノに最後の最後で甘えを許さない。今だってこんなに近くにいるのに,けして。
 スペインはロマーノが寝入っていると思ったのだろう。長い上着をふわりとロマーノに被せた。あたたかいにおいがした。けして触れる気配のないスペインは,少し気が緩んだロマーノに聞こえるか聞こえないかの声で,囁く。
「好きやよ,ロマーノ」
 もしたとえばこれが2人とも目が醒めたままなされる告白ならば,きっとロマーノは膝から崩れ落ちるのだろう。だけれども今こうして,スペインが保とうとする距離を踏み越えることは,ロマーノには出来ない。
 ただスペインが作る影すらも,自分を愛おしくつつみそして残酷に触れないことを知っている。

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あれっもっとポップでキュートな話にするはずが(玉☆砕)
あと西の想いがやたらとヘヴィな西ロマも書きたい。
20080807初出