心臓破りの坂
ずっとずっと傍にいすぎて気付かなかったんだ
そのことに気付かされたのが,辛いと,フェリクスは思った。
高校生になって一年と少しすると,周りの空気が段々と変わってくる。何かにならなければならないのだ。今までは,中学校を出れば高校生になればよかった。だけれども,高校を出ると,働いたり,短大に行ったり,専門に行ったり,四大に行ったりしなくちゃいけない。そして行った先でも,何をするのか自分で選ばなくちゃいけない。そしてなりたい自分になるために,塾に行ったり,図書館で勉強したりしなくちゃいけない。
フェリクスを驚かせたのは,幼馴染の模試の成績だった。
学校で当然のように受けるようになっていた大手予備校の模試を,フェリクスは大多数の高2の仲間達と同じ様になんとなく受けた。模試が終わった後は買い物でもして帰ろうとかした会話に,確かトーリスだって参加していたはずだ。だってあの日は模試が終わった後みんなでゲーセンに行って,ファミレスに行って,ほどほどの時間に解散して,同じマンションのトーリスと一緒に帰ってきて。だからトーリスだって自分と同じようになんとなくその模試を受けたと思っていたのに,
「トーリス君,すごいね」
教室のあちこちで上がる声。終礼で返却された模試の成績優秀者欄に,何の迷いもなく彼の名前はあった。出来のいい学校ではない。名前が載るだけでもすごいことで,トーリスは周りに対していつもの柔和な笑顔を浮かべながらまだまだだよぉとか言っている。まだ高2だから,いま良い成績取れたって受験のときどうなるかわかんないじゃない,とか。
フェリクスは思わず早足で学校を出た。
そのくせ人間は愚かだから,きつい坂を上りきった先にあるマンションの植え込みに腰掛けてフェリクスはトーリスをぼんやりと待っていた。待っているという意識を持って彼を待つことなんて滅多にない。いつも待ってくれるのはトーリスだったから。フェリクスはいつも振り回すばかり。
(だからかなぁ)
少し目を伏せてフェリクスが考え事をしている間に,待ち人は来る。
「あ,フェリクス,用事だったの?」
声をかけられて顔を上げる。トーリスの表情はいつもと何も変わらなかったので,フェリクスもなるべくいつもどおりと自分に言い聞かせて返事をする。
「ん,ちがうけど」
「だったら先帰らなくてもいいじゃない! 気がついたらフェリクスいないから,どっかで待ってくれてるのかと思ったら帰っちゃってるしー」
先に,なのはどっち。
何か言うより先に腕が出た。立ち上がって,いつのまにか自分より背が高くなってしまったトーリスの首に腕を回す。ちょ,フェリクス,こんなとこで,トーリスの慌てふためく声が聞こえた。けれどもそれよりトーリスのうるさい心臓の音のほうがよほど聞きたかった。たとえそれがあのきつい坂を上がってきたためだけでも。
「おいていくなし」
「どこにー? おいていったのはフェリクスのほうでしょ」
そんなことよりちょっと恥ずかしい! 喚くトーリスのために仕方ないから一度抱きついた体を離すと,強引に手首を引いた。今更トーリスが部屋に上がりこんだところでなにか変わることなんて何一つない。やることだって決まっている。
だけれど今はそんなことが問題ではないのだ。
「ずっとそのままだと思ってた」
トーリスにはその呟きは聞こえなかったようだ。それでいいんだろう。
自分が坂を上がったところでもないのに,破れそうなほど胸が痛い。
***
ポリト派です。リトが受気質というよりポが激しく攻だと思うのだが。それにしてもリトってえらいヒロイン体質じゃありませんか? アメにおそろしあさまに。つかまりたい放題ですね! でも幼馴染もえです。大事です。
20080831初出