約束は八割方延期
そのときどきのうつくしさを、たとえることなどもうできない、思い出すことすら惜しまれるくらいに。
フランスがなにかの変化を求めるように、ただ闇雲に、愚鈍かつ貪欲に会いに行くとき、その深い森の中でいつもその子供は眠っていた。静かにできあがった一枚の絵を、フランスはそのまま残したいと思い、あるいは時折、破り捨ててやりたいとすら思った。
見るたび思うことは違った。眠り続けるイギリスの姿を見て、まるでこれからの成長を拒みたいと望んでいるかのようだと思ったこともあった。しかし、いかなる身の上にもふりかかる、やむをえない発展という名の成長を受け止めるべく、まるで仕方がない、といわんばかりの眠りようだ、と思ったこともあった。とにかくフランスがその森を訪れるたびに、子供はまるで開き直ったような、何にも染まる気配のない無垢な表情で眠ってばかりいた。その姿を見るたびに、どうその姿を評価するかは違っても、ただとにかくその子供についてのことがらを、彼に会いに行くたびに思った。
フランスが訪れて、その寝顔をのぞき込み始めてからすこし経てば、フランス自身が無意識に動いているのか、なにがしかの気配を察してか、またフランスにはぼんやりとしかわからない森のなかの誰かが子供にささやくのかもしれないが、必ず子供は目を覚ました。
その瞬間はいつもフランスにとって至福だった。
自分の家で人工的に作られた美しいものを見慣れてしまったフランスにとっては、その子供のこぼれ落ちそうな緑の瞬きはいくつもの宝石を並べ立てるよりも輝いて見えて、なぜそんな風に思うのか、フランス自身もただひたすらに不思議に思えていた。その幼い姿は常に森の妖精たちに守られて、一つの統一された景色をなしていた。そこにフランスが入り込むことは常に容易ではなかった。
何を言うかは毎回違っても、ひとたび目を覚まして口を開けば文句が絶えないだけに、その寝顔を天使のようだと、フランスは大まじめに幾度となく思った。いまとなっては、もう嘘のように遠くてきれいなばかりの思い出で、それこそ彼と交わしたきれいなばかりでは済まないたくさんの出来事について考えても、それでもその寝顔だけはとても大切な記憶としてフランスの中に残っている。
「笑えばいいのに」
自分で思い出しても、いまよりもずっと幼い声で、フランスはイギリスに言ったことがある。
イギリスが好んで眠る場所として選んでいた大樹は、フランスやイギリスが自我を持つころにはきっともう生まれていたのだろう。イギリスの土地を訪れることができるから、フランスは人や国だけでは世界が回らないことをうっすらと学んだ。
しかしそうしてイギリスを守ろうとするものを壊したいという衝動を覚えたのもそのころだった。
そのときも寝起きで彼は不機嫌だった。まるまって眠っていたところから、目だけを開いて見せた。不機嫌だからむくれた顔をしていた。彼がフランス相手に、花の開くような穏やかな笑顔を見せたことは滅多になかった。それゆえにイギリスはフランスはそんなことを言われてもまだ不機嫌な顔をした。
「なんでおまえ相手に愛想振りまいてやらなきゃならないんだ」
「ひどい言いぐさ」
ぼさぼさの子供はいつもそうやって愛想がなかった。
フランスがそれを軽くいなすのもいまと変わっていない。
ただ、現在と異なるのは、いま同じことを言われても、たぶん同じような言葉を口にして、どうせいつものイギリスの素直とはとうてい言い難い表現の一環だと軽く躱すことができる程度には大人になったつもりだけれども、当時はそんなことを言われて結構まじめに悲しい思いをしたような覚えもある。
ただ言葉だけはそうやって軽く躱そうとしたのは、つまるところ、イギリス相手にはそれだけ余裕を見せたいとでも願っていたのだろう。どう考えてもその背伸びのような行為は幼くて青いけれども、そうやって若いときから常にイギリスよりも上に立ちたいと願っていたからこそ、いまとなっても対等にイギリスと渡り合えるだけの意志を捨てずにいられるのだろうと、フランスは思っている。
***
こんな感じで幼いときからイギリスを手放せなかった兄ちゃんと甘んじて捕まってるイギリスの話です。
見るたび思うことは違った。眠り続けるイギリスの姿を見て、まるでこれからの成長を拒みたいと望んでいるかのようだと思ったこともあった。しかし、いかなる身の上にもふりかかる、やむをえない発展という名の成長を受け止めるべく、まるで仕方がない、といわんばかりの眠りようだ、と思ったこともあった。とにかくフランスがその森を訪れるたびに、子供はまるで開き直ったような、何にも染まる気配のない無垢な表情で眠ってばかりいた。その姿を見るたびに、どうその姿を評価するかは違っても、ただとにかくその子供についてのことがらを、彼に会いに行くたびに思った。
フランスが訪れて、その寝顔をのぞき込み始めてからすこし経てば、フランス自身が無意識に動いているのか、なにがしかの気配を察してか、またフランスにはぼんやりとしかわからない森のなかの誰かが子供にささやくのかもしれないが、必ず子供は目を覚ました。
その瞬間はいつもフランスにとって至福だった。
自分の家で人工的に作られた美しいものを見慣れてしまったフランスにとっては、その子供のこぼれ落ちそうな緑の瞬きはいくつもの宝石を並べ立てるよりも輝いて見えて、なぜそんな風に思うのか、フランス自身もただひたすらに不思議に思えていた。その幼い姿は常に森の妖精たちに守られて、一つの統一された景色をなしていた。そこにフランスが入り込むことは常に容易ではなかった。
何を言うかは毎回違っても、ひとたび目を覚まして口を開けば文句が絶えないだけに、その寝顔を天使のようだと、フランスは大まじめに幾度となく思った。いまとなっては、もう嘘のように遠くてきれいなばかりの思い出で、それこそ彼と交わしたきれいなばかりでは済まないたくさんの出来事について考えても、それでもその寝顔だけはとても大切な記憶としてフランスの中に残っている。
「笑えばいいのに」
自分で思い出しても、いまよりもずっと幼い声で、フランスはイギリスに言ったことがある。
イギリスが好んで眠る場所として選んでいた大樹は、フランスやイギリスが自我を持つころにはきっともう生まれていたのだろう。イギリスの土地を訪れることができるから、フランスは人や国だけでは世界が回らないことをうっすらと学んだ。
しかしそうしてイギリスを守ろうとするものを壊したいという衝動を覚えたのもそのころだった。
そのときも寝起きで彼は不機嫌だった。まるまって眠っていたところから、目だけを開いて見せた。不機嫌だからむくれた顔をしていた。彼がフランス相手に、花の開くような穏やかな笑顔を見せたことは滅多になかった。それゆえにイギリスはフランスはそんなことを言われてもまだ不機嫌な顔をした。
「なんでおまえ相手に愛想振りまいてやらなきゃならないんだ」
「ひどい言いぐさ」
ぼさぼさの子供はいつもそうやって愛想がなかった。
フランスがそれを軽くいなすのもいまと変わっていない。
ただ、現在と異なるのは、いま同じことを言われても、たぶん同じような言葉を口にして、どうせいつものイギリスの素直とはとうてい言い難い表現の一環だと軽く躱すことができる程度には大人になったつもりだけれども、当時はそんなことを言われて結構まじめに悲しい思いをしたような覚えもある。
ただ言葉だけはそうやって軽く躱そうとしたのは、つまるところ、イギリス相手にはそれだけ余裕を見せたいとでも願っていたのだろう。どう考えてもその背伸びのような行為は幼くて青いけれども、そうやって若いときから常にイギリスよりも上に立ちたいと願っていたからこそ、いまとなっても対等にイギリスと渡り合えるだけの意志を捨てずにいられるのだろうと、フランスは思っている。
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こんな感じで幼いときからイギリスを手放せなかった兄ちゃんと甘んじて捕まってるイギリスの話です。