ユー・マスト・ラヴ・ミー

「喰ってみたいんだよね,俺も」


※私設定でガリ男君はエルマーと呼んでいます。



 はじめ衣装合わせの段階で,ギルベルトが何か諦めたように足を投げ出した時,本当はその足をなで上げてそれ以外も色々と暴いてやりたいと思ったことを本人に言う日は来ないだろう。もうずっと,ギルベルトとはそういう関係だった。関係,というか,エルマーが一方的に関係付けたいだけというか。とりあえずその辺を説明するのはひどく難しいけれども,まあ端的に言えばエルマーはギルベルトと特別な関係になりたいのだ。なりたいのだ,と言っている時点で,なれていないことが分かるので,あまり確認したい事項ではないが。
 ギルベルトが興味があるのはたぶん姉のエリザベータで,だけれどもエリザベータは別にギルベルトに興味がなくて(というか彼女の場合はあまり現存する男に興味がなくて),あまつさえブラコンの彼女は,彼女自身の嗜好などを差し置いてもエルマーがギルベルトと幸せになるように応援してくれて。その結果アイツらがナースと決めた段階でエリザベータがエルマーに女医を振ってくれたことには,感謝すべきなのだろうか。
 とりあえず。
「痛ッ」
 慣れないヒールが結構限界に来ている。
 先ほどまでは取り繕える程度だったけれども,笑顔を振りまいて注文をとって,衝立の向こうのキッチンに入ったところで,浅い履きこみの靴と親指の付け根辺りが悪い出会い頭衝突をした。思わず声が漏れる。あまり確認したくはないが,水ぶくれで済めばいいけれども,今のよれ方からするにたぶん駄目だろう。多分こんな状況見られたらニヨニヨされて終わるんだろうなぁと思ったけれども,声は思いのほか硬く掛かった。
「エルマー,どうした」
「なんでもない」
 最近こうやってギルベルトは時々ただの喧嘩友達というには少し意識をした感じでエルマーを見る。これが,よくないとつくづくエルマーは思う。期待せずにいられるか?
「さっきから足引きずってんだろ。エリザから絆創膏預かってる」
「…ん」
 期待せずにはいられないに,決まっている。
 姉さん,ありがとう。
 メモをギルベルトにパスして,絆創膏を自分で貼るというポーズを見せようとしたら,案の定,良いから靴脱げ,だなんて言ってくれる彼は大概可愛いと思う。惚れた欲目だから仕方ないけれども,通りがかった女子に後を託すと,セッティングの関係で衝立の裏に追いやられていた丸椅子に座る。ギルベルトは足元に屈みこんで,絆創膏の剥離紙をはがす。
 何か口を利くのも癪なので,両足とも靴を脱いで黙って足を差し出した。多分本当のところ,絆創膏を貼ったくらいで状況は改善しない。だけれども,そうやってギルベルトが自分を意識してくれることが嬉しいだなんて,まったくどうかしているとしか思えない。
「気の利くナースだな」
「先生こそ,医者のフヨージョーってやつじゃねーっすか」
 くだらないことを言っておくと,さらにくだらない返答が帰ってきた。けれども,不養生だなんて,心配してくれているんだなと思うと,なぜかたまらない気持ちになった。
「終わった」
 立ち上がって報告してくれる彼に,そういえば背丈で追いついたことはない。生まれた月も彼のほうが大分早くて,だから最初のあいだはそれで正当化できたけれども,高2になって今更成長期も見込めない自分にとっては,彼に届かないと思う要素もあることを知ってほしくて,それで。
 自分も立ち上がって,ヒールを履いてようやくそろう目線でじっと紫の不思議な色をした目を見る。どうか,したか,と彼が言い切るよりも早く,唇を奪ってやった。
「お礼」
 固まったままの彼の耳元で囁くと,痛い足に鞭打って無理やり足取り軽く客の前に戻る。そうすれば文化祭である手前,エルマーに甘いギルベルトはなんだかんだで流されてくれるだろう。付き合っていた女子がいないことはないから,はじめてではないと思うし。そう思うと,一瞬胸がちくりとした。
 さあて,どうやって食い千切ればいいのかなと思うと,不思議とちくりとした感情は消えて,楽しくて仕方ない。

***

うばっ ちゃっ たっ☆
(あのときのまつしまななこはある種の神だと信じてます)
今日は火花にいってたくさん買い物を出来て楽しかったです(作文)。
20080929初出