メルトダウン・キッス

どうしてまた,そんなことばかり


 ん,とちいさな音が咽喉から零れたのは,けして快感の吐露ではない。と,イギリスは無駄に自分に言い聞かせる。勿論フランスはそのイギリスの声を聞いて良い顔をした。
「顔面崩壊すんなクソ髭」
「坊ちゃんお口開いて大丈夫なの,誘われちゃうんじゃない?」
 誘われてたまるか,という今日の勝負は又ひときわ下らない。
 フランスの肉厚の唇の表面を食みながら,イギリスは考える。
 なんでいつもこう,不毛なんだか。

 切欠はいつもどおりのくだらない酒の流れだ。
 良く話題に出されるキスのランキングとやらで,はっきり言ってしまえばイギリス自身にとってはどうでも良いし,イギリスは自分のキスが上手いと分かっているので,くだらないという以外の感想を持ち得ない。
 しかしそこで後手に回ったフランスとしてはどうも納得がいかないらしく,やれ白黒をつけようじゃないかとどうしようもない我侭を垂れだしたのだ。
「断る」
「何で! 負けっぱなしじゃお兄さんの立つ瀬がないじゃん!」
「そのままいろいろと不能になれ」
「それ困るの坊ちゃんだよ」
 今日は何もない日だ。会議も会談も何もない。そこにあえて態々フランスが泊まりに来るのは,愛情の再確認とやらのためらしい。本当ならば彼の相手は面倒だと考えるべきだし,彼の面倒さにいっそ感嘆するべきだとは分かっている。だが,まんざらでもないと思ってしまう自分は大概毒されている。
 それに別に国民性がどうであるかは問わず,フランス自身は十分キスが上手い。イギリスは自分のキスが上手いという自負があるけれども,それを仕込んだのはほかでもないフランスだ。そこは認めてやっているので,別に順位が云々などとこだわっても仕方がないとイギリスは思う。しかしそういったところで彼が聞き入れるかは又別次元だ。
「お前が不能になろうと俺は構わないが」
「ひどっ」
「どうやって白黒つけるってんだ?」
 そう思いながらも結局こうやって乗ってしまうのは,自分が彼とキスをしたいからに違いない。

 フランスは思いつきで条件を出したらしかった。
 つまり,唇を合わせるキスをする。
 それで先に舌を入れてしまったが負け。
 煽られるの定義を具体的に設定していなかったことに気付いたのは,ソファーに掛けていた彼の膝に収まり悪く跨って,その唇が合わさるか合わさらないか位の距離で乗ってやるよと囁いた後だった。はじめに唇が触れ合っても,まだ収まりは悪かった。仕方がないのでフランスの膝の上で少しもぞもぞと動くと,坊ちゃん欲しがってるみたい,と耳元で囁かれる。
 キスの勝負で声を使ってくるなんて,冗談じゃない。
 なのでその唇が何か口にしないように,重ねて止めた。ジャケットの裾を少したくし上げて,背中に忍び込もうとする手はぴしゃりと叩いて落とす。そんなことをされたら我慢がきかなくなって,自分に不利すぎる。
 フランスはイギリスの意図するところを理解したのか,仕方なさそうに笑うのが咽喉の動きで分かった。その吐息が唇の隙間から漏れて来て,危うく体がうずきかけたが何とか堪えた。フランスには体の震えで伝わってしまったかもしれない。
 しかしフランスはそれは気にしなかったらしく,イギリスの閉じたままの唇をまるごと食むように上下の唇を合わせてくる。食べられてしまう,とイギリスは思った。口が利ければがっつきやがって,とでも文句を付けられるが,うっかり声が漏れたらそのまま甘ったれて舌を入れてしまいそうな気がする。
 自制の意図も兼ねて,敢えて唇の隙間から窄めた舌を出すと,フランスが食んでくる上唇をそっとつつくように舐めた。こうやって自分からキスをかましていれば,おそらく流されることはない。効果はあったらしく,フランスは少しくっと呻く。ざまぁみろとか罵ってやろうかと思ったけれども,首の後ろに大きな掌を回されて,頭を固定されたらそうもいかなくなった。
 この体勢は多分まずい。
 自分が押し切られるような気がする。
 とりあえずす,と一度舌を引くと,フランスの舌はそれに乗ってきた。中に入れなければ,という話なので,唇を舐めるのも構わなければ,二人が唇を離して舌の先だけを絡めあうのもまだ勝負を決めることにはならない。
 舌の先を触れ合わせながら,フランスはひどくやわらかい笑顔でイギリスを見ていた。自分はどんな顔をしているのか,大方いつもの剣呑と評される笑顔だろう。キスで強制的に火をつけられた脳髄のせいで,視界はすこしとろけていた。大体いつも自分たちはこうやってこんな顔で向かい合って,くだらないことで小競り合いをするふりをしながら距離を詰めるのだ。
 だってほら,唇をふさがれると,フランスの逞しい腰に手を回すのも平気に思える。
 頭が沸いているとしか思えない。
 だけれども,フランスはイギリスにまるで甘えたくてどうしようもないという風に,ただその舌でぺろぺろとイギリスの舌をいとおしそうに舐める。舌を入れたら負けならば,入れたくなるくらい煽れば,と思って,自分の体がすっかりその気なのがもはや残念に思えた。
 そこへきて気付くのだ。
 この男,見透かしている。
 とろけかけていた視界をなんとか理性で取り戻し,フランスの顔を見る。フランスはどうやらイギリスのその変化を見抜いたらしく,二人の唇からはみ出たところで絡み合わせていた舌を,無理やりイギリスの唇の中に収めてきた。イギリスもすっかりそうなることを理解していて,フランスの舌が忍び込んできたら,それを捉えるように舌の付け根を曝け出す。そうすれば,フランスはそこを舌でつつく。
 少しだけそうすると,フランスが唇を離して,にこり微笑んで言う。
「ねぇイギリス,シたく,ない?」
「自分の負けを行為で流すな」
「負けで良いから,やらせて」
 語尾が少し上がっておねだりをしてくる口調はいい年をこいた髭の男には似合わないはずなのに,どうしても最後には彼に甘い自分はそれで,仕方ねぇとか言って彼に載せられた振りをするのだ。
 結局自分の素直ではない口を塞ぐための賭けだったことなんて分かっているのに,乗る自分も大概だとわかってはいるつもりだ。

***

キスでほだされるという行為を理性的にしている二人は好きです。
無論兄ちゃんはいかにイギを陥落させるかについて考えてこの手段を選べば良いです。
計算づくでいかにイギを手っ取り早く素直にさせるか,ですね。
20081202