Royal Jack

そしてどこまでもお前は俺を誑かす※「ヒエラルキーの底」さんのお話の設定に拠ります


 支配人から,いつものお前のゲストが客席で待ってる,と声をかけられて,裏口から帰ると言いそうになったのを必死で飲み込んだ自分は悪くない。自分のゲストなんかじゃない,と言いたかったが,考えてみたらいつも踊る前に文句をつけにいくのはあの目立つ外見をした蜂蜜色の髪の男だ。自分のゲスト,確かに否定できる要因が無い。
 要件もアーサーのほうには良く分かっている。おおかた,30人目を連れてきた御褒美は,というところだろう。ダンスのときとは違う,いつものストイックと評される私服に隙が無いか確かめる。トレンチは軽く袖を通して引っ掛けるように着ると,舞台裏を通るのが面倒なので,照明が落とされたステージから客席を見遣る。
 不機嫌に「なんで待ってんだよ」と呟くと,先程アントーニョと並んで座っていたフランシスがにやつきながらステージのところまでやって来る。確かにステージから客席に降りる簡易階段はもう片付けられていて,仕方が無いのでアーサーはフランシスに手を差し伸べると,身を預け腰を捕まれる形で客席に下ろされた。
「30人目,連れてきたわけだけど」
「ココじゃ嫌だ」
 にべもなく吐き捨てる。こちとら,小遣い稼ぎと,ちょっとした興奮を得られるとは言えど,職場は職場だ。そこで抱かれるなんて冗談じゃないという意図を含んで言った。ついでにフランシスが腰に掛けたままの手も振り捨てようとしたけれども,身を捩ったついでに腕に抱きこまれて余計に逃げ場をなくす。
「な,にしやがる」
「ここでさせて,100人目」
 は,と思わず声が零れ落ちそうになった。
 だけれども腰をつかまれた挙句,フランシスの持ち前の,あの見た目と声を最大限に生かして,そういうのは女にやれ! と叫びたくなる完璧に口説き落とす体勢に,思わずアーサーは黙り込む。ねえ,と耳に息を吹き込まれて,ひ,と咽喉の奥が鳴った。
「あの棒に縋るみたいに,俺に縋って見せて」
 何言ってやがる,と罵るために口を開けば,多分ろくな声が出ない。
 だからアーサーは必死に首を横に振った。
 ありえない。何馬鹿な事言ってんだコイツ。
 確かにポールダンスは本来の意味合いから言えばそういう色合いのあるものだ。だからといってそれを要求されて答えられるかといえばそれは別次元だといわざるを得ない。
 むしろ,そんなことを言われてしまえば,今度から意識させられる。
「意味,わかんね,ぇあっ」
 罵倒しようと口を開いた瞬間に,耳たぶを齧られる。別に彼の前であられもない声を零したことがないわけではない。だけれども,ここでは,嫌だった。だって彼は100人客を連れてくるまで,絶対ここに通い詰める。アーサーに対していやらしい目線を隠しもしないで。そしてこうして意識させられてしまえば,きっと自分もそれから逃げられなくなる。
 そうしたら,どこに落とされるのか。
 はじめにいやだと断ったはずなのに,結局唇を強引に重ねられる。拒むだけの理性は上手く働かなかった。はじめから蕩かそうというのか,二三度食まれた唇を抉じ開けられると,いきなり上あごの裏をその舌が攻め立てる。腕の中に捕まったままこんなキスをされて,煽られないわけがない。
 フランシスは彼なりに気遣っているのか馬鹿にしているのか,連れに女を連れてきたことは無い。大体今日みたいに,なんでつれてこられなきゃならないんだという顔をしている男友達を連れてくることが多い。
 だけれどもたとえば女を連れてこられて,こんなキスをされたことを思い出して,自分は果たして平静を保てるだろうか。あの男の隣に座る人間に負けたくない,という衝動が,自分が踊る時の脚を,腰を突き動かす。
 この感情を認められるのだろうか。
 考え事をしている間にもフランシスのキスはもっと奥を抉ってきて,ここはダンスホールのステージの前で,まだこのキスは約束のうちの三回目で,このまま奥に踏み込まれてきたら,自分はどうなってしまうのだろうか。
 散々自分の口の中をもてあそんで満足したのか,フランシスが唇を離す。切れない唾液の糸と,ぁ,と追いかけるように零れ落ちた自分の声に,目を耳を塞ぎたい,脳髄を叩き割りたい。
 そうすれば何も考えずに縋りつけるかもしれない。
「すごい顔」
 フランシスが苦笑いしながらアーサーの髪を撫でる。彼のモノが興奮しているだろうことは想像に難くない。そして自分がそうだということも認めざるを得ない。
 だけれども,フランシスはここで突き放すのだ。
「あと6回のキスと,その先のお楽しみまで,我慢できるの?」
「…してやるよ」
 出た声が酷かったことは認める。
 フランシスは苦笑して,家まで送るよ,とか言った。そして本当に何もしないで帰るんだろうなこの男,とその策略を分かりながらも,確実に落ちていく自分をまだ認めたくなかった。

***

えっと,まずこれをネットで公開することを勧めてくださったまひるのさんに心からの感謝を。
勝手に話足してすみません。
まひるのさんのホットパンツ穿いたアーサーあってのこのssです。素晴らしいアーサーを有難うございます。

ヒエラルキーの底*R16」に掲載された「Dancing Queen」を拝読して,押さえ切れない設定モエですごい勢いで書き上げました。
出勤前に。
これを読んで,ん? と思った皆様,ぜひまひるのさんのオリジナルを読んでください。
でも,書いてて,すんごい,楽しかったです(正直)。
20081119