キャン・ノット・ストップ・エスケープ
似合うな,とフランシスは手放しに思った。初めに生徒会室でアーサーにチャイナドレスを着せた時の感想だ。自分の恋人(男)に堂々とチャイナドレスを宛てられる事が幸せで仕方ない。
アーサーは初めそれはもう厭そうに顔をしかめた。せめて肩幅がわからないものがいいというのがそのご希望だが,このプロデュースには菊が噛んでくれてるんだよ,というと途端にアーサーは黙った。
アーサーが嫌がるのも無理は無くて,本来チャイナドレスといえば高校生のやる女装の定番みたいなところがあって,しかも足よりも意外と惨めなのが肩が張っていることだ。アーサーはそれを気にしていたのだけれども,実のところその肩はするりとなだらかに落ちているので悪くない。悪くないよ,とフランシスは繰り返した。ついでに後ろから両肩を抱き込むように両掌でなでて。ここは生徒会室だ,とぴしゃりと色づいた手でその手をはねられたけれども。それでも,スリットからのぞく足を忘れずに触ってから,試着はこれでいいよとフランシスが言えば何か言いたげにアーサーがぐっと掌を握りこむものだから,言葉を直しておいた。
「悪くないじゃない,すごくかわいい」
当然,という顔をして鼻を鳴らしながら,その実喜んでくれるアーサーが可愛くて仕方が無い。
「うん。アーサーが可愛いなんて知ってる」
「ちょっとそこの変態ナースさん,働いて!」
なんだかんだでエルマーにノリノリで脛毛をそらせたり着せ替えさせたりのギルベルトと,意外にタレ目だから普通に女装が似合ってしまうアントーニョと,そして毛をありのままに白いガーターを履くフランシスは宣言どおりにナースを装って場を仕切っている。仕切らないとそう,ヴァルガス兄弟は写真の格好の餌食になっているし,ローデリヒは慣れない和装にやはりどうしても苦労しているし,ルートヴィッヒのフレンチメイドはやっぱりちょっとキツイし,アーサーは,うん,あいつもう。
「ありがとう,ついでにこのクッキーもどうだ?」
甘い童顔となだらかな肩幅の威力をしっかり研究し尽くした(さすが渉外能力が随一の男だ)彼は,その能力を全力で使いつくしてばりばり働いている。そう,あの爪を染めたのも,あの姿を作ったのも自分なのに。
「冴えない顔してんな」
空いた皿を片付けながらアントーニョがフランシスの肩を小突く。本当はフランシスだって毛とか髭とかを落とせば相当な美青年に戻れるのに,それをしなかった理由はアントーニョくらいしか知らない。無論アントーニョは笑顔を絶やすことは無いけれども,フランシスは多分,自分の感情を理解してはいる。
「隙が出来たら連れ出したいよ」
「まぁ俺もやけどね」
そのとき。
写真を撮られているだけならば支障があるまいと気を抜いていたヴァルガス兄弟の方から,フェリシアーノの声だけ聴けばかわいい悲鳴が響いた。何気なく独占欲の強いアントーニョは,その瞬間に表情が変わる。大体こういう出来事にトラブルがないことなんてまず無いけれども,それがロヴィーノのことに及んでアントーニョが落ち着いているはずも無く。
「ええ加減にせぇや」
似合わないなぁと思ってフランシスが騒ぎを見やると,一瞬だけ振り返ったアントーニョがにやりと獰猛に笑った。連れ出したいなら連れ出しぃやと,その目が言っている。
ありがたく。
しっかりクッキーを注文メモに書き加えたアーサーが,騒ぎを見て目を細める。そしてその手前にいるフランシスがずかずかと自分に近付いてくるのを訝しげに首をかしげた。その手からメモを剥ぎ取りキッチンにたたきつけると,堂々とその手首を取ってやった。
「行くぞ」
「はァ?」
「生徒会の見回りだ」
そんなの入ってたか,と聞かれる前に強引に連れ出そうとしたけれども,意外にアーサーは掴んだフランシスの手ごと強く引き寄せて口元に笑みを刷いている。なんだこいつ,とフランシスも無意識にアーサーと似たような笑みを刷いた。
「抜き打ち検査だな」
こっちが検査したいのはそのタチの悪さだ,と思ったけれども,手首を捕まれたままのアーサーが満更でもない顔をしているからまぁ見逃してやることにした。
***
エスケープ後夜祭編につづく。
こいつら仕事しろよ。
次は西ロマかなー。
どっかで北の夫婦を入れたい。
20080923初出