恋というには
あまりに爛れた手のひらが髪を撫でる。
そして愛というにはあまりに熟れた声がこの唇から零れるに違いない。
ふたりはなんなの,と聞かれた。
あの,そういうところにだけやたら鋭いイタリア兄弟の弟に。
ちょうどいつもどおりフランスと喧嘩して一方的に言葉を投げつけると踵を返し,ちょうどそこにいたイタリアにタイミングよく怒鳴り散らして,そしてちょうどそこに駆けつけたフランスと本格的に怒鳴りあって。自分には平気で喧嘩を売るくせにイタリアは庇うのだと思うと居た堪れない気持ちになった。何かを怒鳴られた瞬間,すっと体の中のどこかが冷えて,そしてその代わりと言わんげに眦に涙がたまって。単純に驚いたのは,自分がそんな場でそんな風に泣くのだという事。そんな自分を確かめたくなくて,フランスの吹っかけてきた言葉もそのままそこに放っておいて,足早にその場を離れた。
どういうわけだか意外と神妙な顔をしてイタリアが自分を追いかけてきたかと思うと,イギリスに謝らせる隙も与えずにふたりはなんなの,と聞かれた。なんなの,という問いかけにうまい答えなど持ち合わせていないのは昔からだ。分かってたら,こんなことにならない,とだけ細い声で答えると,イタリアは少しばかり表情を選んでから,仕方なさそうに笑った。
そしてどういうわけだか今この瞬間イギリスが一人で泊まっていたはずのホテルにフランスがいて,まぁそんなの彼の諜報の腕をもってしたりあるいはお節介な他国の力を借りればどうということがないことなんだけれども,ただ,今,ふたりはなんなのか見出せていない状態が単純に嫌で,イギリスは少しだけフランスの腕に抗った。まぁ,どうせ結論は同じなのだけれども。
「ねえイギリス,何が嫌なの」
「何だって嫌だ,こんな,意味のない」
「意味,ないの」
ジャケットは剥かれてソファーの背に。ベッドで押しかかられて,片足の靴に至ってはまだ脱ぎ損ねているのに,真剣な声でフランスが呟く。
だって,おれたちはなんでもなくて,と喉の奥でさけんだけれども,フランスのその真剣な声と表情にほだされて何もいえなかった。それに意味なんて元々あっただなんて聞いたことがない。ただそこにふたつ体があって,自分はただ単に乱暴に彼を求めていて,フランスはそこにいるから自分に応じてくれているだけだ。
そうでなければ。
フランスの唇が重なった。無精髭が顎を掠めて痛いけれども,それより強引にくちづけてから顎を引くだなんて順番が絶対に違う。まして重力に従って喉元に引っ込んだ舌を強引に引きずり出す手口はもはや見事という以外の表現方法がなくて,イギリスは結論を見出せないままただその舌に溺れた。さきほど忘れていたと思った靴が脱がされて床に落ちる。
ふたりはなんなの。
(なんなの?)
誰にだってこんなことできると公言できるフランスと,そもそもそんなことを口に出来ることのないイギリスと。いとしいと思うだけならばどうやら自分にでも出来た。向こうがどう思っているかだなんてどうでも良くて。フランスはまともにキスを出来ないイギリスの唇は早々に投げ出すと,ネクタイの結び目に手を掛けて強引にイギリスの首元を開けて鎖骨あたりまでを熱い手のひらで撫でた。喉を押されるがままに艶声が零れる。フランスがシャツの合わせを解いていく手はやたらと性急だった。
ひどくして,所有して,それから一思いに。
「余計なこと考えてられるの?」
そんな余裕があるならお兄さんも考えがないわけじゃないけど。
フランスの言葉はむしろ福音にさえ聞こえた。そのやたらと逞しい首の後ろに両腕をかける。なんなの,と聞かれて,ありたい姿は決まっている。ただ今更それをどうすればいいかわからないだけ。
少しだけ腹筋を使って体を起こすとフランスの耳元に唇を寄せて,
唇だけを動かしてすきだと囁いた。
(聞こえてなくってもいい,だって今更)
聞こえない,と不機嫌そうに呟いたフランスは,イギリスの胸の突起をつまんだ。途端に力が抜けてベッドに倒れこむ。面倒なことは聞きたくないだろ,とためしに聞いてみると,俺はイギリスのことは何でも知りたいよ,と髪を撫でられながらまるで勘違いを誘うようなことを言われた。
数えることも出来ないほどこんなことを繰り返して,今更好いていることなど囁けないイギリスのことを,フランスは絶対に知りえないはずなのに,そのフランスの言葉に傲慢にも気を良くしたイギリスは,フランスの緩く結んだネクタイを解いて,逆にその首元に手を当てて笑うのだ。
***
恋というには余りに爛れた関係。
って仏英にぴったりすぎてもえすぎます。
洪普書きたいなぁ※どうした
20080916初出