待ち合わせの戦場

仏×海賊女装英


 ひどく短く髪を刈り込んだ美女の率いる海賊が,海岸ののどかな村の酒場でどんぱちやらかしていると聞いて,フランスは思わず下唇を舐めた。彼と会えることの全ては運にかかっている。だけれどもこうやってわざわざ彼が評判を立てて自分の地に上陸すると言うことはつまり,会いたいんだろう。

 恋という感情を知っているか。一度フランスはイギリスに尋ねたことがあった。彼が自分の手元を離れる支度をしている時だ。それなりに,とイギリスは応えた。だったら黙って抱かれておけと,フランスはイギリスをほとんど無理矢理抱きしめた。イギリスはその時身を固くしてしまっただけで,抵抗しなかった。彼の耳元で,お前に恋をしてしまったんだと呟くと,反射的に彼はフランスを突き飛ばした。その表情に浮かんだのが後悔でなければきっとこんなに彼に執着しなかっただろう。
 彼はその野心のためにいまスペインを標的にしている。彼がスペインを手に入れるには,きっとその途中にいる自分が目障りなのだろう。だから自分にも時々ちょっかいをかけてくる。決して,本気で潰すことは出来ないと言うことを,お互いにわかっているはずなのに。
 果たして海岸には,高貴な赤ワインが少しばかり血を吸ったような臙脂色のドレスを着た女が,飾り物のように細いレイピアを地面と並行に掲げて何か指示を出していた。ドレスの裾は随分と多くの生地を使っていて,きっと捌くだけで大変だろうに,とフランスは要らない心配をしてやる。それくらいにその姿は全く持って覇者にふさわしく,けれどもそれに負けるわけにはいかないのが自分という存在であり,自分達という関係だ。
 村の血気盛んな若者達が,持てる限りの武器を手に海賊達と戦っているようだった。何食わぬ顔で,どこの誰かも悟らせないないように,喧騒の中に入り込むと,身を翻しながら女に近付く。隣にいた若者が振り上げたナイフをマンゴーシュで受け流した音が思いのほか大きく響き,それで女がこちらを見た。女は本当に嬉しそうに,頬をしかめて唇の端を吊り上げた。そんな顔をするくらいならば,あのときにもっと大人しく流されておけば良かったのに。
 一足で大きく踏みこむとレイピアの切っ先をこちらに向けて突いて来る彼女,ではなくて,イギリスは,殺してやると言いたげな楽しそうな瞳をゆらしていた。きっとその瞳に映る自分もさぞだらしない顔をして笑っているのだろう。だって,いとしい相手がまさかの細腰のドレス姿!
(ああ,今回も俺,諦めてなくてよかった!)
 イギリスが欲しいと思った年月がどれだけたったかなんて数えるのもくだらない。いつか彼をこの腕の中に収めて愛を囁くときにどれだけお前が欲しかったかという話をしてやろうと思っているのだけれども,それすらも諦めそうになったことだって正直,ある。
 わかっていた軌道は,体をそらす。フランベルジュを手持ちにしたことを少し後悔した。傷の治りを遅くすることを目的にした波打つ剣では,彼を傷つけるなんてしたくない。レイピアの初撃が外れることは予測していたのだろう,即座に右腕を引いてもう一度イギリスは避けきれないタイミングでフランスの腹を突いてきた。フランベルジュの刀身で受け止めながら,マンゴーシュを振るって距離をとる。
 少し距離をあけて見た緑は,いつも楽しそうに揺れながら少しだけ水気を含んでいた。臙脂と緑がおりなす不思議なくらい深い色合いは,もう遠い記憶の中にある彼が育ていた花とよく似ている。
「よく,似合ってるよ」
 心から呟くと,少しだけイギリスの顔つきが歪んだ。そのまま突き出したレイピアの伸びきった腕に隙を見て,腕を取って動きを封じる。空いたほうの手の彼のマンゴーシュが暴れたついでにフランスの顔を掠めたけれども,手首を叩いて落とす。イギリスがまたこんな瞬間にだけ,フランスの顔を傷つけたことに動揺したように瞳をゆらすからいけない。かお,と小さな声で呟いたその薄い唇は乾いていた。もし濡れていたらその場で何も考えずに口付けていただろうからそれでよかったと思う。
「ねえイギリス」
 そろそろ,お兄さんに落ちない?
 フランスが捕える腕をイギリスは容赦なく噛んだ。腕から逃れた隙に彼は海賊達に退却命令を出す。だったらなんでそんないとしそうな顔をするかな,と噛まれたほうの手で彼の顎を捕らえる。そしてどんな手段よりも覚えてもらえるように,瞼にくちづけを落とすと,明らかに胸当てを突き破る意思がない力でイギリスはレイピアでフランスの心臓を突いた。
「待ってるよ」
 囁きを落とすと,イギリスは馬鹿にするのも大概にしろと言わん気に鼻で笑った。そのくせほんの一瞬だけフランスの頬にできた傷を,手袋をしたままの親指でなぞった。その行為を確かめるより先にきびすを返して駆け去るイギリスを見ながらフランスは既に,だから今回もきっと諦めきれないだろうと確信していた。

***

脳内で臙脂のドレスを着た朝子さんが暴れまわってるんですが,どうにもそれを絵に起こす画力がなくて困ります。青/池/保/子さんの「テ/ン/ペ/ス/ト」へのオマージュとも取れる。某歌劇団の舞台作品は秀逸だった。やたら武器名が出てきてすみません。趣味です。イメージですが,
レイピア:細い剣。フェンシング的なイメージ
マンゴーシュ;ナイフ。楯の代わりに受け流しに使う短い剣
フランベルジュ;波状の刃部分を持つ長剣。傷が出来ると治るのも大変だし,雑菌が繁殖して大事に至ることもある。
タイトルは「悪魔とワルツを」より
20080815初出