ずっとスタート地点にいるみたい

不器用に伸ばせない手の代わりに舌を伸ばす


 そもそもイギリスにこんな行為を教えたのは自分だった。
 紆余曲折の一言で済ませるには多々ありすぎたイギリスやフランスたちの日々は,もう数えるのも面倒なほど重なっている。イギリスと熱を分け合い始めた時間ももう数えるのも面倒なほどだ。この行為に根拠なんてない。友達の少ないイギリスと,特定の相手はいないフランス。どちらかか,あるいは双方が弱っている時に手を伸ばしあって,きっと酔った勢いとかそういうもので唇を重ねあって,もうどれくらいたつのかなんて数えることに興味はない。イギリスが何も言わずに下に甘んじていることがフランスの優越感を煽った。どうせどこにも行くはずがない彼を,捕えられるような気がする。彼のバランタインに浮かぶ大きな氷が彼の目元を映す。そして自分は興味のない風を装ってそれを見る。照明を落とした彼の部屋,一つのソファー,ここまで出来た場面でも,絶対に壊せないのはなぜだか考え出すのだけはやめておきたい。
 こうして熱を分け合う行為はもう始まっている。欲しくなったでしょう,とまだグラスを覗き込んだままの彼の耳元に囁く。イギリスは呆れたように溜め息をつく。僅かに開いた唇の隙間から見える彼の舌は濡れて,ああ絡め取りたいとフランスは思う。彼は耳元に寄せられたフランスの唇を振り切るように顔を上げてバランタインを一口で呷ると,そのまま身を翻してフランスにしなだれかかってくる。そのくせ肩の力が抜けていないことなんて,何年前から知っていると思っているのだろうか。
 イギリスの手がフランスの肩にかかる。のしかかったまま,イギリスは唇を重ねてくる。今更キスに何の意味があるのだろうか。わからないなりにフランスはそれに応える。イギリスの手がぐっと肩を掴む。イギリスの唇を,舌でこじ開ける。そこに愛なんてない。なくたっていい。フランスは言い聞かせる。たとえイギリスの顔が切なげに歪もうとも,指に骨が浮いて見えるほど力が入ろうとも。
 今更何を伝えられるというのだろう。
 イギリスの口腔内で蒸発したアルコールの匂いが鼻に抜ける。そのままいっそこんな下らない思いも抜けてくれないか。またがったイギリスがそのまま,自分だけを見て笑えばいい。欲しいとでも言ってくれたらいい,それとも自分が言えばいいのか。欲しいと言ったってもう体は奪っている。心が?
 くだらない,思ってフランスは肩に乗った手ごとイギリスを掴んで体を返し,ソファーに彼を押し倒す。月明かりが逆光になって見えない彼の目元が,少し歪んだ気がするのさえも,都合のいい妄想なのだろう。

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仏英の関係性が読めない。
こんなのか? それともベッタベタにしてやっていいのかしら?

タイトルは「悪魔とワルツを」から。
20080805初出