キラキラの処方箋
見惚れることさえも罪,みたいに綺麗なひとだって世の中にはいるらしい
ローデリヒとの付き合いは長いか短いかで言えば圧倒的に長い。たぶん,幼稚園の頃には一緒にいた覚えがある。ただ彼が一度私立の中学校で地元を離れているから,ローデリヒの声変わりを知らない。逆にルートヴィッヒは声変わりが早かったから,ローデリヒと丸三年会わなくなる前日に,大人の声ですね,と言われたことがある。
高校から地元の進学校に戻ってきたローデリヒを久しぶりに教室で見た日は誰だかわからなかった。面影はあるけれども,あまりにそう,美人だったから。ぽかん,と口を開けそうになった自分はよく堪えたと思う。合唱に参加するようなボーイソプラノは落ち着いたけれども少しだけ甘く高い声に変わっていた。眼鏡が良く似合って,中学生から少し毛が生えただけだった当時の自分には,そう,とても甘美に見えた。
背が伸びましたね。
そう言われた声を聴いた瞬間,せめて頼むから夢には出てこないで欲しいと切に願った。
朝起きた瞬間絶望するのは御免だから。
文化祭で女装喫茶をやることになって(もうこれは伝統とかそういう一環だ。仕方ない),悩むことといえば誰が何を着るかである。えてしてこういった議題に男の発言権などそれほどないと思っていたが,どういうわけだかフランシスは女子に混ざってやれこいつにアレはないだのあいつこそコレだのそんなどこに盛り上がる要素があるのか分からない話に沸いている。沸いてはいるが,自分が何を着ようが別にもうどうだって良いのだが,ローデリヒが何を着せられるのかだけ気になった。
肩越しに。
面と向かって見られないのは,同じようにもう自分が何を着ようが興味がないといった風のアーサーの書類仕事を手伝わされているからだ。もっともアーサーとフランシスの場合多分,フランシスに任せておけばそれっぽいのが来るだろうと思っているアーサーの思惑がある気がしたけれども,大体ここに首を突っ込んで良いことはない。
「ローデリヒには,女物の和装って言ってたぞ」
そのルートヴィッヒの何を見透かしたのか,アーサーが書類から目も上げずに言った。几帳面にボールペンを滑らせる右手と,紙を押さえる左手の爪は少しだけ深い桃色に染まっている。
「和装」
「本格的なのは無理だから,浴衣じゃねぇか」
なんでお前そんなのを知ってるんだ,と聞きたかったけれども,とりあえずホチキス止めをしながら口を動かすのは止めておいた。だって何を口走るか分からない。
浴衣は本来は寝巻きだ,とやる気のない担任が言っていた。
「あいつ洋装ならなんだって着こなすだろうから,それくらいしか面白くないだろって」
「なんでそれを俺に言うんだ」
「え,お前らそういう仲じゃないの」
アーサーが漸く顔を上げた。だがそのときルートヴィッヒはすでにそれどころではなかった。そういう仲って,どう思われてるんだか,とりあえず首をぶんぶんと振ってみる。意外だな,呟いて性悪な生徒会長は口角を上げた。
「吹き込んでやったのは,お前和装の小物でも買ってやればって思ったからなんだが,そうかそうか,お前ら付き合ってなかったのか,もうてっきりいろいろとやらかしてるのかと」
「ルートヴィッヒ」
後ろから甘い声をかけられた。
脳裏に浮かぶ見惚れてしまったあの秀麗な姿。
アーサーはローデリヒが近づいてくるのを見抜いていたはずだ。当たり前だ,ルートヴィッヒが背中を向けている方向を彼は見ているんだから。アーサーの意地が悪いにもほどがある笑顔を視界に残しながら,少しだけ硬い首を回して後ろを振り返る。
いつもより少し狭い歩幅の足に絡まる大輪の花の模様。
細い腰を締める赤い帯。
紺色からのぞくしろい首筋。
「私を見慣れているのは貴方だとフランシスに言われて,見せて来いといわれたのですが,いかがでしょうか」
こいつら,絶対グルだ。
背後でによによ笑うアーサーと,こちらになど目もくれず女子と談笑に興じる(ように見せかけて絶対反応をうかがっている)フランシスを出し抜く手があるならば使いたかった。なんでもいいから。
けれどもそんな余裕などあるはずも無い。
「前髪,留めてみたほうがいいんじゃないか」
「そうですか…そのような道具は持ち合わせがないですね」
「帰りに買って帰るか」
「貴方の予定が宜しければ,お願いいたします」
果たしてこの男に相応しい飾りなんてこの世に存在するんだろうか。
背後でたまらずアーサーが机に突っ伏す音だけが聞こえた。
けれどもそれより,今夜の夢には絶対この姿のローデリヒが出てくる。
ああもう,何度だって夢では愛を伝えてるのに何故ずっとこのまま!
***
当初の予定から豪快にずれました。
どっかで予定してたネタを使いまわすことでしょう。
自分の妄想をそのまま絵に書き起こす画力が欲しい。
タイトルは「悪魔とワルツを」より。
20080909初出